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十六夜の月【アイナナ短編集】

第1章 一夜目.5時限目の空




「前者に、決まっているでしょう」


エリは、一織のこの表情が好きだった。困ったような、呆れているような、でも優しく笑った顔が好きだ。


「さぁ、今度はあなたの気持ちを聞かせてくれませんか。私に教えてください。あなたが胸の内に押し込めようとしている、その想いを」


泣き出してしまいたくなるくらい、好きなのだ。


『私、言ってもいいの?一織くんに…待ってて欲しいって。そしたら…待ってて、くれるの?』

「は?待ちませんけど」

『ねぇえ!?さっきから本当に、私のことどうしたいの!?感情がジェットコースターなんだけど!』


エリの叫びは、高架下に響き渡った。だがここには、その大声に驚き振り向く者もいない。一織ただ一人が、迷惑そうに眉を顰めた。


「変なことを言いますね。愛を語っているだけですが」

『私にはとてもそうは思えないけど!』

「そうですか。見解の相違ですね」

『……私への、当て付けのくせに』

「そうされるような、心当たりでも?」

『そりゃ、あるよ。私が一織に何も言わないまま、ロスに行こうとしたから』

「一応、逃げようとした自覚はあるんですね」


一織は挑発的に笑った。自分に非があると分かっていたエリだったが、次第に腹が立ってくる。だから、つい本音を口にしてしまう。


『私には夢があって、一織は人気アイドル。そんな二人が、どうやったら上手く行くっていうの?私は、一織の為に夢を諦めたり出来ない。一織が、私の隣にいる為にアイドルを捨てられないのと一緒で』

「なるほど。それがあなたの本音、というわけですか」


エリは、ぐっと息を呑み口に手を当てた。人は怒りに飲まれると、冷静な思考力と判断力を失う。そのことを彼女は身を持って知った。

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