第1章 一夜目.5時限目の空
ガチガチに固めて紐でぐるぐる巻きにして、テープでびっちり封をしてもまだ足りない。決したはずの意志は、隙あらば緩んでしまいそうになる。エリは荷造りを中断し、新鮮な空気を吸うために外へ出た。
近所の川縁を一人歩いてみる。この平和な土手の風景も、しばらく見納めだ。トランペットの練習している若い男。小さな白い犬を連れた老人。追いかけっこしながら下校する、ランドセルを背負った小学生。そんな人達と、まばらにすれ違うこの道が彼女は好きだった。
そしてそこをもう少し行けば、さらに閑散とした高架がある。その付近で、エリの脚はおもむろに止まった。
どうしてだろう。不思議だ。なぜ分かるのだろうか。愛しい人が、こちらへやって来る雰囲気というのは。
ゆっくりと振り返れば、そこには一織がいた。いつもは身綺麗な彼が、肩で息をして髪を乱している。冬だというのに汗を光らせるそんな姿を目の当たりにして、嬉しくないはずがなかった。しかし、エリは彼を歓迎する言葉は口にしないと決めているのだ。
『一織くん…。なんで、逢いに来』
「好きです」
一織は微塵も目線を逸らすことなく、ただ簡潔に言ってのけた。エリは言葉を返すことが出来ず、目を見開く。彼の気持ちに気付いていなかったといえば嘘になる。だがまさかこのタイミングで、しかもこうも真っ直ぐに伝えられるとは思っていなかった。
まさか、もうすぐに海外へ消える女に想いを伝えるなんて。
『なん、で』
「次にあなたの顔を見たら、何に置いてもまずは本心を伝えようと思っていたからですよ」
『でも、でも私は!もうすぐ、ロスに』
「そうですよ!あなたは馬鹿なんですか。もう少しで、私史上最も恐ろしいトラウマを植え付けるところだったんですからね。好きな人に好きだとすら言わせてもらえず、国外逃亡を図られるなんて。ありえませんよ。自分がどれくらい酷いことをしようとしていたか自覚しているんですか?」
『告白したいのか怒りたいのかどっちなのかな!』