第1章 一夜目.5時限目の空
—16小節目—
魔法の言葉
エリは、身の回りの荷物を段ボール箱に詰めていた。これらは全て、海外へ持って行くもの。量は必要最低限に抑えて、欲しい物があれば現地で調達する算段である。
彼女の師匠でもあるプロダンサーのMAKAが、ロスへ戻ることに決まったのはほんの一週間ほど前のこと。本気でプロになりたいなら付いて来いと言われたのは、エリにとってまさに青天の霹靂であった。しかし、迷わず首を縦に動かしたのだ。まさにあれこそが、第六感というやつだったのだと思う。このチャンスを逃せば、もう世界に通用するダンサーになることは叶わないと直感的に悟ったのだ。
高校入学からの写真を集めた分厚いアルバムを、エリは膝の上で開いていた。それの、最後のページ。まだ現像してそこへ仕舞ったばかりの写真がある。一織と環と、そして自分の三人が教室で笑っている。環はニカっと笑ってブイサインを決め、一織はその隣で大人びた顔で微笑んでいる。そしてエリもまた、屈託ない笑顔を浮かべているのだった。
彼女はその写真をアルバムから引き抜き、ロスへと持って行く段ボール箱に入れた。
いつからだろう。一織に対し、ただのファン以上の感情を抱くようになったのは。
そして、いつからだろう。一織が自分に、ファン以上の想いを抱いていると感じるようになったのは。
出来ることなら、彼と恋人になりたかった。しかし、エリはその道を選ばない。
“待ってて欲しい” なんて。どの口で、言えばいいのか分からなかったのだ。
夢と一織を天秤に掛け、前者を取ろうとしている。そんな自分には、誰かに愛される権利も誰かを愛する権利もありはしない。
エリは一人、愛を諦めた。