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十六夜の月【アイナナ短編集】

第1章 一夜目.5時限目の空




自宅の住所も、エリがバス通学なのも知っていた。バス停まで走ったが、時刻表によれば今出たばかりらしい。一織はスマホを取り出し、電車を用いた行き方を検索しようとした。だが、乗り換えの回数や所要時間などを鑑みれば、大人しくバスを待った方が良いかもしれない。

考えることが、まだるっこしい。立ち止まって、携帯を見ている時間が無駄だ。まさか効率厨の自分がこんな気持ちになるなんて驚きであるが、彼は今すぐにでも走り出してしまいたい衝動に駆られていた。

クラスメイトの言った通りになったことは癪であるが、一織はかなりの距離を走ることになりそうだ。じっとなんて、してられない。今すぐに、この瞬間にも、好きな人に逢う為に足掻きたい。


どうしても、伝えたいことがある。
明日がある。明日が駄目でもその次がある。そんなふうに考えていた自分を殴り付けてやりたかった。ただ、もう同じ轍は踏まない。

一織は、白い息を吐きながら直走る。
どうしても、伝えたいことがある。
その顔を見たらすぐに伝えよう。自分の素直な気持ちを。


喉は焼けるように熱く、手脚は鉛のように重い。どれくらいの距離を走ったのか、正確には分からなくなっていた。しかし、身体中が悲鳴を上げていることだけは確か。
一織は、クラスメイトから飲料をもらったのを思い出す。早速、鞄から取り出してキャップを捻った。するとどうだろう。ブシューと音を立てて、まるで噴水のように中身が半分ほど噴き出してしまった。


「……こういう時に渡す飲み物は普通、ミネラルウォーターかスポーツドリンクでしょう…」


袖口を濡らした一織は、がっくりと肩を落とす。誰が見てもアンラッキーな出来事であるが、一織の心に少しだけゆとりが生まれた。

それで喉を潤して、残りをまた鞄にしまう。エリの家までは、あと少しのはずだ。一織はまた駆け出した。きっと目的の場所に到着する頃には、炭酸はさらに抜けてしまっているだろう。

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