第1章 一夜目.5時限目の空
一織が唐突に立ち上がっても、大して驚くクラスメイトはいなかった。が、教師だけは目を丸くして首を傾げる。
「え?どうした?四葉じゃなくて和泉が寝ぼけるなんて珍しいな」
「寝ぼけての行動ではありません。すみませんが、私はたった今どうしても外せない仕事が入りましたのでこれで失礼します」
「ええ!?たった今って!そんな二秒でバレる嘘吐かないでくれる!?あと十五分ぐらいでHR終わるから、あとそのくらい座っててもらうことは」
「出来ません」
「優等生の和泉がグレた!!」
真面目な一織が初めて見せる反抗に、教師は頭を抱えパニックに陥る。そんな可哀想な彼だったが、一織はもう見向きもしないで帰り支度を進めていた。
するといつの間にかすぐ後ろに来ていた環が、一織の肩にぽんと手を置いて教師に物申す。
「ふふん。知ってっかセンセー。人の恋路を邪魔する奴は……牛に食われて死ぬんだぜ!!」
「えぇ!?嫌すぎ!!じゃなくて!それを言うなら "馬に蹴られる" でしょうが!
って…。へ?恋路?え?あ、そういうことなの?」
「四葉さんの言うことを間に受けないでください。私はただ、本当に急な仕事が」
一織は軌道修正を図る。だが、それを邪魔する者は環だけではなかった。後ろの席の男子生徒を筆頭に、クラス中から一織を後押しする熱い声が溢れる。
「一織!いいから行け!ここは任せろ!!」
「え?」
「あぁそうだ!オレの屍を越えていけぇーー!」
「随分と元気な屍ですね!?」
一織は突っ込みながらも、クラスメイトの間を縫ってドアへと向かう。
「えぇ、なにこれ、先生だけが蚊帳の外なんですけど。仲間に入れて欲しいんですけどー」
「和泉!男の見せ所だぞ!頑張れよー!」
「この流れだと、この後めっちゃ走るだろ!ほら、これ持ってけ!」
そう言って男は、一織の鞄に無理やりペットボトル飲料を押し込んだ。
ドアに辿り着いた一織は、勢い良くそれを横へ開く。
「フラれたらオレが慰めてやるからなー」
最後に振り向いて、一織は笑う。
「残念ですが、その必要はありませんよ。そんなことには絶対なりませんから」
教室を飛び出した一織の背中を、黄色い声援が後押しするのだった。