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十六夜の月【アイナナ短編集】

第1章 一夜目.5時限目の空




—15小節目—
微炭酸青春味


結局、5時限目が終わっても6時間目が終わってもエリが現れることはなかった。一織は、冷たい血が全身を巡っている心地であった。HRを行う為に教師が現れれば、その感覚はより強くなる。そして教団に立った教師は、冷徹に告げるのだ。


「あー…えっと。皆んなに伝えておくことがある。本人の希望で、今まで黙ってたが。中崎の奴は、もう明日から学校には来ない。やりたい事があって、それを追い掛ける為にロサンゼルスに行くことを決めたそうだ。
もし手紙とか送りたい奴がいれば、住所を教えても良いって許可を貰ってるから後で俺のところに来 —— 」


降って沸いたクラスメイトの転校に教室中が騒めくのも、教師が複雑そうに並べる言葉も、一織の耳には脳には届かない。彼はただ、昨夜の彼女を思い起こしていた。

思い出の場所を、愛おしそうな瞳でなぞる視線。
隣同士で授業を受けてみたいと言った、無邪気な声。
思い出が欲しいという、儚過ぎるその願い。
この腕の中で、幸せだと笑い、流した美しい涙を。


エリは聞かせてくれた。友達にすら話したことのなかった夢の話を。一織にだから聞き届けて欲しい我儘を。
だが、最後の最後まで大切なことは言わなかった。それは、日本を去ることもそうだが、もっともっとシンプルで重要なこと。エリ自身の気持ちだ。彼女の心の中にある、この世で最も尊くて優先されるべき感情。


「だから、あなたは…言葉足らずだと、あれほど」


一人そう口の中で呟いた刹那、一織は勢い良く席を立つ。

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