第1章 一夜目.5時限目の空
面食らった顔をすぐに普段と同じに戻した四葉さんは、あっそ。とだけ言ってチケットを引っ込めた。すると彼女は、気まずそうに少しだけ眉尻を下げる。しかし言葉は何も残さないで、静かにその場から離れていった。
私は、その背中に声を掛けるべきだと思った。すぐに追い掛けて、問わなければ。私達の好感度を下げたポイントは?IDOLiSH7で誰が一番苦手?逆にあなたの好きな芸能人は?
絶好のサンプルのはずなのに。私は、訊くことが出来なかった。何故か、心が知りたくないと言ったから。
彼女が私達を嫌いな理由も。彼女が好意を寄せる人物も。まして、IDOLiSH7の中で一番苦手な人物が、もしも自分であったりした日には…
「いおりん、顔青いけど大丈夫?腹、痛ぇの?」
「いえ。平気です。それよりも、なるべく早くチケットを捌いてしまってください。もう次の授業が始まってしまいますから」
「めんどいけど、うーす」
チケット配りを再開させた彼を確認した後、すぐに廊下側の一番後ろの席を見た。そこが、彼女の席だったから。
案の定、彼女はそこに戻っていた。どうやら私と同じように、次の授業の予習を行なっているみたいだ。教科書を広げ、文字を目で追っている。
容姿と名前に、席の位置。そんなものだった。彼女について、私が知っている全て。
「綺麗な、声だった」
「んー?いおりん今、なんか言った?」
「べ、べつに何も!」
鈴をチリンと鳴らしたような、どこか浮世離れしている凛とした声。
私が知る彼女の項目へ一つ、そんな声が追加されたのだった。