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十六夜の月【アイナナ短編集】

第1章 一夜目.5時限目の空




ドアへ伸ばされたまま不自然に浮いていた一織の手は、力なくぱたりと下された。エリの声が、言葉が、脳内でリフレインする。


「ないない、付き合ってないよ」

「っっうわ!!よ、四葉さん!?気配を消して背後に立たないでくださ」

「まったく全然ありませんよー」

「……ちょ」

「ない。ないよ。
だってー。めちゃくちゃ1000パーセント否定されてんじゃん。うぅ…いおりん可哀想」

「悪意が全くないのにそれだけの言葉を並べられるあなたが、私は心底心配ですよ。もしかしてあるんですか?悪意。私の心を抉り傷付けたいんですか?」


んなわけねぇじゃん。と、環は一織の顔を真っ直ぐ見据えて言う。TPOに合わせた言葉のチョイスが出来ないだけで、環の心が綺麗なのを一織は分かっている。だから、彼のことを責めるという選択肢はなかった。
それならばせめてと、環が大切そうに持っていた紙パックのジュースを取り上げて一滴残らず飲み尽くしてやるだけで許してやった。


「うぉわぁぁーー!なっにすんだ!ひでぇ!いまの、最後の一口だったんだぞ!!」

「……あっま」

「言いたいことはそれだけかよ!?信じらんねぇ!いおりんの馬鹿!かんっぜんに八つ当たりじゃんか!えりりんに言いつけてやっかんな!!」

「どうぞご自由に」


今のエリが、自分を嗜めるはずがない。以前のような近しい関係なら、お小言くらいは食らったかもしれないが。そんなお小言さえ、愛しいと感じていた頃が懐かしい。

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