第1章 一夜目.5時限目の空
ドアへ伸ばされたまま不自然に浮いていた一織の手は、力なくぱたりと下された。エリの声が、言葉が、脳内でリフレインする。
「ないない、付き合ってないよ」
「っっうわ!!よ、四葉さん!?気配を消して背後に立たないでくださ」
「まったく全然ありませんよー」
「……ちょ」
「ない。ないよ。
だってー。めちゃくちゃ1000パーセント否定されてんじゃん。うぅ…いおりん可哀想」
「悪意が全くないのにそれだけの言葉を並べられるあなたが、私は心底心配ですよ。もしかしてあるんですか?悪意。私の心を抉り傷付けたいんですか?」
んなわけねぇじゃん。と、環は一織の顔を真っ直ぐ見据えて言う。TPOに合わせた言葉のチョイスが出来ないだけで、環の心が綺麗なのを一織は分かっている。だから、彼のことを責めるという選択肢はなかった。
それならばせめてと、環が大切そうに持っていた紙パックのジュースを取り上げて一滴残らず飲み尽くしてやるだけで許してやった。
「うぉわぁぁーー!なっにすんだ!ひでぇ!いまの、最後の一口だったんだぞ!!」
「……あっま」
「言いたいことはそれだけかよ!?信じらんねぇ!いおりんの馬鹿!かんっぜんに八つ当たりじゃんか!えりりんに言いつけてやっかんな!!」
「どうぞご自由に」
今のエリが、自分を嗜めるはずがない。以前のような近しい関係なら、お小言くらいは食らったかもしれないが。そんなお小言さえ、愛しいと感じていた頃が懐かしい。