第1章 一夜目.5時限目の空
—10小節目—
ずるい色気のお兄さんは頼れる最年長リーダー
落ち込むような出来事があったとしても、それをおくびにも出さないのが一織である。まして仕事に影響など、与えるはずがなかった。だがもしかすると実兄である三月や、異様に鋭い大和くらいには勘付かれているかもしれない。
自室で課題に取り組む彼は、側においてあったマグカップを口元へ運ぶ。たっぷりと注いだはずの中身は、いつの間にか空だ。おかわりも考えたが、これ以上の水分の摂取は控えよう。一織は、空いたマグをシンクへ運ぶため腰を上げた。
薄暗いリビング。誰もいないだろうと決め込んでいたが、ソファに座る大和が姿があった。どうやら、台本読みをしているらしい。このような暗い場所で、目が悪くならないのか疑問である。だがわざわざ、もっと明るい場所に移っては?などと声を掛けることはしなかった。おやすみなさいとだけ告げて、すぐに自室へ戻るつもりだったのだが。大和の方が、一織を呼び止めた。
「イチ」
「はい」
「根詰めてずっと台本読みしてたもんだから、ちょっと疲れちゃってさ。そんなお兄さんの息抜きに、すこーしだけ付き合ってくれたりしない?」
「それは、まぁ。構いませんが」
言葉を返してから一織は気付いた。大和は、息抜きに付き合って欲しいのではない。逆に、悩める高校生の息抜きをしてやろうと考えたのだ。
「おう、ありがとなー。いやぁー優しいなぁイチは」
「優しいのは二階堂さんの方でしょう。少し、お節介のきらいはありますが」
「はは。手厳しいことで」
一織は、苦笑する大和の前に腰を下ろした。