第6章 六夜目.その御伽噺の続きを私達はまだ知らない
嬉しかった。何度も、何度も、自分の名を彼に告げたことを覚えている。そして、いよいよ今度は少年が自分の名前を口にしようとしたとき。悲劇は起きた。
閉ざされていた扉が大きな音を立てて開かれ、瞬きをする間に仰々しい格好をした大人達が教会に雪崩れ込む。
突然の出来事に、叫び出しそうな気持ちに襲われた。恐怖を押し殺して、縋るように少年に腕を伸ばす。しかし少年は幾人もの大人達によって、強引に出口へと連れて行かれようとしていた。
エリは駆け出した。ここで彼と引き離されては、もう金輪際会えないと思ったから。
しかし、彼女もまた男達によって身体を後ろに引かれた。
二人は抵抗する。ただ、愛しい人と共にいたいだけなのだ。
しかし、大人に力で敵うはずもない。エリの伸ばした手が掴んだのは、少年ではなかった。エリが掴んだのは、彼が何度も読み聞かせてくれたあの絵本だった。
その絵本だけが、なんとか二人をぎりぎりのところで繫ぎ止める。
耐えられなくなったそれが壊れる、悲痛な音が教会にこだまする。
もう涙を堪えることは出来なかった。エリの視界は歪み、遠ざかる少年の姿が霞み消えていく。
【待っていて!エリ!】
『っ、!!』
【待っていて!どれほど時間がかかっても、君がどれほど遠くにいても、必ず見つけ出す!必ず…】
『必ず、迎えにいくから…』
エリは小さく呟いてから、半分だけになった絵本を愛おしそうに抱き締めた。
『これ以上は、待っていられないぞ。と…』
薄暗い部屋に、彼女の零した悪態が寂しく溶けた。