• テキストサイズ

十六夜の月【アイナナ短編集】

第6章 六夜目.その御伽噺の続きを私達はまだ知らない




嬉しかった。何度も、何度も、自分の名を彼に告げたことを覚えている。そして、いよいよ今度は少年が自分の名前を口にしようとしたとき。悲劇は起きた。

閉ざされていた扉が大きな音を立てて開かれ、瞬きをする間に仰々しい格好をした大人達が教会に雪崩れ込む。
突然の出来事に、叫び出しそうな気持ちに襲われた。恐怖を押し殺して、縋るように少年に腕を伸ばす。しかし少年は幾人もの大人達によって、強引に出口へと連れて行かれようとしていた。

エリは駆け出した。ここで彼と引き離されては、もう金輪際会えないと思ったから。
しかし、彼女もまた男達によって身体を後ろに引かれた。

二人は抵抗する。ただ、愛しい人と共にいたいだけなのだ。

しかし、大人に力で敵うはずもない。エリの伸ばした手が掴んだのは、少年ではなかった。エリが掴んだのは、彼が何度も読み聞かせてくれたあの絵本だった。
その絵本だけが、なんとか二人をぎりぎりのところで繫ぎ止める。


耐えられなくなったそれが壊れる、悲痛な音が教会にこだまする。


もう涙を堪えることは出来なかった。エリの視界は歪み、遠ざかる少年の姿が霞み消えていく。


【待っていて!エリ!】

『っ、!!』

【待っていて!どれほど時間がかかっても、君がどれほど遠くにいても、必ず見つけ出す!必ず…】





『必ず、迎えにいくから…』


エリは小さく呟いてから、半分だけになった絵本を愛おしそうに抱き締めた。


『これ以上は、待っていられないぞ。と…』


薄暗い部屋に、彼女の零した悪態が寂しく溶けた。

/ 249ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp