第6章 六夜目.その御伽噺の続きを私達はまだ知らない
—3小節目—
きっと運命の人がいつか
エリは、戸棚へ大切にしまってあった絵本を取り出した。ノースメイア語で書かれたその絵本は、中身も表紙も随分とくたびれて見える。
指先に伝わる、光沢を失った乾いた質感。ゆっくりと丁寧にページを開いて、薄れゆく思い出を脳内に描く。
それは、刻が経つにつれ、掠れていく、淡く儚い記憶。
いつもは大人達が集まる教会。しかし、その時間だけは二人の特別な場所だった。夜更けに家をこっそり抜け出して “彼” と紡いだその時間は、今でもエリの宝物。
宝石のようなステンドグラスを介した月光が、教台の前の二人を照らす。美しい斜光が少年に降り注ぐと、絹糸のような髪が黄金色に輝いた。
天使のような見た目をした彼は、笑顔でエリに語り掛ける。
【ノースメイアで、一番素敵な御伽噺を聞かせてあげる】
湖みたいな澄んだ瞳を輝かせ、少年はその絵本を開いて見せた。
そのお話は、ありふれた愛の物語。しかし、エリの心を強く強く貫いた。この特別な空間のせいだろうか。それとも、初恋の相手が魔法でも使ったのだろうか。
きっとその両方だったと、今のエリには分かる。
互いの身の上話などはしなかった。しかし彼の所作や身なりから、一般階級の人間でないことは、幼い彼女にもはっきりと窺い知れた。訊くのが怖かった。もし知ってしまえば、これまで通りにはいかないことを、本能的に悟っていたのだろう。
しかし。何度目かの逢瀬で、彼の方から切り出した。
【君の名前が知りたい】