第6章 六夜目.その御伽噺の続きを私達はまだ知らない
「でも、思ったよりもエリが元気そうで良かった」
陸の言葉の意図を瞬時に理解して、つきんと胸に痛みが走る。
エリはつい数週間前、それなりに長く連れ添った恋人に別れを告げた。いや、告げられた。
理由は至ってシンプル。他に好きな人が出来たからという、ありふれたものだ。
『もうそれは、とっくに吹っ切れてるから』
「本当?」
『本当じゃなかったら?』
「オレが、エリを幸せにしてもいい?」
『わぉ!なんという凄まじいアイドルトークでしょう!』
「またそうやって、エリはオレがこういうこと言うと茶化すだろ!もぅ…」
陸との付き合いは、エリがノースメイアから日本へ帰国してからすぐに始まった。拗らせた風邪がきっかけで肺炎を患い、少しの期間ではあるがエリは入院生活をしていたことがある。その時に同室だったのが、陸だ。
幼少期よりよく知っている相手に、恋愛感情を抱いたことはない。少なくとも、エリの方は。
『陸が幸せにしないといけない相手は、私じゃないでしょ?沢山のファンが、七瀬陸を待ってるよ』
「じゃあエリが待ってるのは?やっぱり、ノースメイアで出逢ったっていう運命の人?」
カップを持っていた指が揺れて、中の液体に波紋が広がる。
『やだなぁ陸は。一体いつの話をしてるの?もう私も良い歳だし、そんな御伽噺のお姫様みたいな夢を見てるわけないでしょ!』
「信じてないの?」
『いつかその人が私の前に現れるって?あはは、信じてない信じてない』
「じゃあ、オレが代わりに信じるよ」
カップの中を見ていたエリが顔を上げると、陸が真っ直ぐ微笑んだ。
「エリの夢、願いを、オレは信じる。
いつかきっと運命の人が迎えに現れて、キミを世界で一番幸せにするんだ」
他人の願いをこんなに真剣に願うことのできる陸は、いずれ伝説級のアイドルになるのだろう。
エリはそれが、そう遠くない未来だと考える。仮にそうなったとしても、彼との関係がどうか今と変わりませんように。そう祈りながら、心からの感謝の言葉を口にした。