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十六夜の月【アイナナ短編集】

第1章 一夜目.5時限目の空




間もなく目的に着く、そんなタイミングであった。突如として黄色い声が、一織に向けられる。


「えっ?ねぇ、あれ。IDOLiSH7の和泉一織じゃない?」

「へっ?どこどこ!?うわっ、ほんとだー!変装してるっぽいけど本物本物!」


どこにでも目敏い人間というのはいるものである。一織を見つけた彼女達こそ、そうだ。容易く変装を見破り、彼が一織であると確信を持っている。もしも接触を図ってきた場合、誤魔化すのは骨が折れるだろう。


「あれ?隣にいるの、もしかして…彼女?とか?」

「やーーん!だとしたらショックなんですけどー!」


一織は、隣に立つエリの顔を見ることが出来なかった。一体いま彼女は、どんな表情で自分の隣にいるのだろうか。


『……じゃっ、和泉さん!私は先に、次の現場に行ってますね?失礼します!』

「待っ…。
いえ、分かり…ました。引き続き、よろしくお願いします」

『こちらこそです!』


「なんだ、普通に仕事仲間っぽかったね」

「だねだね!良かったー!彼女とかじゃなくて!」


エリが機転を利かせたおかげで、彼女達は何を知ることもなくこの場から立ち去った。しかし、一織の顔は暗い。厳しい現実を、目の当たりにしたせいだ。

聡い一織だ。当然ながら自分の立場は理解している。その上で、エリに恋をしてデートにも連れ出した。普通のカップルなら堂々と出来ることでも、自分はそうじゃないと理解していたつもりだった。でも、自分ならばもっと上手くやれると思っていた。だが、現実はそう易いものではなかったらしい。

きっと恋人同士になれば、こんなことは日常的に起こるのだろう。その度、エリにさきほどのような嘘を吐かせるのか。そんな場面を想像した一織は、一気に目の前が真っ暗になった。

自分が幸福を掴むビジョンは容易く見える。しかし、エリが自分の隣で幸せそうに笑う顔が、上手く出て来ない。


『一織くん?ほら、もう陽が沈むね』

「え、えぇ…」

『それで…。したいって言ってた、大切な話を私は聞かせてもらえるのかな』


夕陽は、一織が思い浮かべていたものよりも綺麗ではなかった。


「すみません。また日を改めて、お話させてください」


エリは、寂しそうに笑ってから頷いた。

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