第1章 一夜目.5時限目の空
一織は場内が暗くなるのをただ待った。予告CMが終わり、映画の本編が始まってからすぐ、彼はエリの方へと手を伸ばす。そして膝の上に置かれた柔らかい手を、きゅっと握り込んだ。
エリは驚き、一織の方を見る。しかし、彼はスクリーンから視線を外すことはしなかった。
暗くなるのを待ったのは、赤い顔を隠す為。映画館で手を握ろうと決めていたのは、外では繋ぐことができないから。全ては、このデートが始まる前から一織が計画していたことだった。
付き合っていない人の手を握るのは、かなりの勇気がいる。しかし彼は自らが立てた完璧なるプランを、持ち得る全ての勇気を使って成し遂げていく気概だ。
『なんか…その。緊張しちゃって、映画の内容とかはよく分からなかった、かな』
「そうですか。では、また観に来なくてはいけませんね。お付き合いしますよ。何度でも」
エリが自分と同じだったと知れて、使った勇気が補充された心地になるのだった。
それから彼らは、少し早い夕食を共にとった。いつもは箸を持つ手にナイフとフォークが握られているだけで、何故かこそばゆい気持ちにさせられる。
そしていよいよ、計画も大詰め。一織は、夕陽が綺麗に見える公園へとエリを誘った。彼は今日というこの日この場所で、二人の関係を変えてみせると決意を固めていたのだ。
友達から、恋人へ。しっかりと気持ちを伝えることが出来れば、それは叶うという自信もそれなりにあった。
『一織くんは、その公園に行ったことある?』
「いえ。私も足を運ぶのは初めてです。様々なメディアで絶賛されている場所ですから、きっと綺麗な夕陽が臨めると思いますよ」
綺麗に決まっている。他でもない、世界で一番愛しい人と見る夕陽なのだから。
「そこであなたに、聞いて欲しい大切な話があるんです」