第5章 五夜目.雨
—14小節目—
雨
タクシー待ちには長蛇の列。壮五はそれを見るなり駆け出した。
空は澄んだ青色で、雲は薄い形状の物が少し浮かんでいるだけ。なのに、その青空は泣き出した。壮五は、さらに足を早める。その雨が、彼女の涙と重なったから。
あの日、あの時にあのベンチで二人出逢えたこと。運命と確信した。しかし、壮五はその胸で育んだ想いをエリに伝えることが出来なかった。何度も機会ならあったというのに。
結局、彼は自身に絡み付くしがらみに抗いきれなかったのだ。叔父を失ったときに、戦うと決めたはずなのに。
対してエリの方はどうだ。壮五と結ばれるのは無謀だと頭では思っていただろう。しかし、見事に抗ってみせた。
父親に気持ちを打ち明けるのは勇気がいっただろう。怖かっただろう。それでも彼女はやり切った。壮五のハンカチを御守りがわりに握り締めて。
その時のエリの気持ちを想像するだけで、壮五の胸は張り裂けそうになった。同時に、堪らなく彼女の顔が見たくなる。
一秒だって構わない。エリに逢いたい。その為になら、全てを捨ててもいいと、そう思えるくらいに。
この雨音がもし、エリの耳にも届いているというのなら。
迷わずに、愛していると伝えよう。
この雨がもし本当に、二人を繋いでいるというのなら。
もう二度と、太陽の光なんて浴びなくてもいい。
そんな切なる願いを、まるで止むことを忘れてしまったかのような雨が今、聞き届ける。