第5章 五夜目.雨
親猫にも番の猫にも見捨てられた子猫のような顔をした彼女がそこにはいた。痛みすら感じる喉に構うこともせず、壮五は叫ぶ。
「エリさん!」
そしてそのままの勢いで、ベンチからふらりと立ち上がった子猫を腕の中に閉じ込めた。
『そ、う…五さん。私、』
何かを伝えるようとしているエリ。そんな彼女のか細い声ごと、彼は自分の胸に押し付けた。そしていま最も二人にとって必要で、伝えたい言葉を迷いなく告げる。
「愛してる」
壮五は、腕の中で愛しい人が小さく驚く気配を感じた。しかし申し訳なさと不安から、エリの顔を見るのが少し怖い。だから変わらず彼女を腕の中に閉じ込めたままで続ける。
「伝えるのが遅くなってごめんね。君は…僕のことを思って戦ってくれたのに」
エリは小さく震えていた。泣いていることが悟られないよう、声を殺し唇を噛んでいるのかもしれない。壮五は何を言っていいか分からず、ただ艶のある黒髪を優しく撫でつけた。
「僕は初めて会ったときからずっと、君に恋をしていたよ」
『意味が、…分からな…っ』
「え?」
『意味が分からないくらい、嬉しい…っ。自分の愛した人が、自分を愛してくれていることが、嬉しい…!』
背中に、力強く腕が回されるのを感じる。
壮五もまたより強い力で、愛しい人を抱き締めた。
「うん。その気持ち、僕にもとてもよく分かる」
彼女の頭にそっと頬を寄せれば、濡れた髪から落ちた雨雫が白い頬を伝う。
泣き噦(じゃく)る嗚咽を、雨音が全て吸い込んだ。