第5章 五夜目.雨
点と点が繋がり、次第に線になっていく。どうやら壮五が思っていたよりも、世間は狭かったらしい。頭がぐらつく中、ゆっくりと床に落ちた藤色のハンカチを拾い上げた。
「あの、すみません。このハンカチは…」
「え?あぁ、それは私のものではないんですよ。実は、娘が持っていたものなんです。さきほどの打ち明け話の際ずっと握っていたんですが、部屋を走り去る際に落としてしまったようでして」
深刻そうな表情の壮五につられて、男の口調も徐々に重くなる。また何か粗相をしてしまったのではと気が気でないのだろう。
「もう一つだけ、お伺いしても?」
「ええ、勿論です」
「娘さんの名前は “エリさん” と仰るのではないのでしょうか」
「はい、その通りですが…」
壮五の瞳が、凛と揺れる。なんと悪戯な運命だろう。だが彼は、その運命がどれほど困難な道のりだろうと、いかなる試練が用意されていようと、いま掴みかけている赤い糸を手放す気など毛頭なかった。
思い切りの良い一歩を踏み出した壮五に、最初の壁が立ちはだかる。
「どこへ行くつもりだ」
「…彼女のところへ」
父親はくっきりと嫌悪を眉間に刻み、壮五を睨み付ける。
「今日のお前は一体どうしたというんだ。いい加減にしろ。彼女を探しに行くことは、お前のすべきことではない」
「いいえ。エリさんを探しに行くことは他の誰でもない、僕が今なすべきことです」
壮志は顔には出さなかったものの、多少なりと面食らった。壮五がここまではっきりと自分に対しノーと言ったのは、初めてのことだったからだ。それも、こんなにも堂々と。
「私も探しに参ります。情けない話、居場所の心当たりなんて丸きりないんですが」
壮五は逆に、エリの居所に心当たりがあった。だから申し出を断ろうとも思ったのだが、彼の心配顔を見て考えを改めた。心から娘を案じる男が、懸命にあちこちを走り回る姿は悪くないと思ったから。
「…分かりました。お願いします。あぁですが、もしも外に出られるのでしたら、傘をお持ちになると良いと思いますよ」
「今日は一日晴れの予報ですが、傘…ですか?」
「降りますよ。きっと」
きっと雨は降る。二人が逢えば。