第5章 五夜目.雨
「子供にまともな教育すら出来ていないとは。情けない話です」
「返すお言葉も…ありません」
「御息女も御息女ですな。自分の立場というものを全く理解出来ていない」
「仰る通りで。私も妻もあの子の幸せを真剣に考え、これまでずっと正しいレールを敷いてやったと言うのに。本当に、どうしようもない子で」
「どうしようもなくなんて、ないです」
変わらず低い体勢の男と、美しい姿勢の壮志の、合計四つの瞳が壮五の方に向く。圧を感じないことはなかったが、ここにいない勇敢な彼女の為に引くわけにはいかなかった。
「御令嬢は、どうしようもなくなんて無いです。嫌なことは嫌だと言える勇気のある方です。少なくとも、親の言いなりになることで逃げ続けている僕なんかより立派だと思います」
「壮五」
彼の目は、こう言っていた。
“ 口を閉ざしなさい ”
喉は乾き胃は痛んだが、壮五は自分を奮い立たせる。
「子供は、親の道具なんかじゃない」
声も堂々たるものだったし体も震えていなかったが、壮五本人はそれらに気付いていなかった。ただ、壮志の静かなる憤怒だけを静かに感じ取っていた。
半ば蚊帳の外となってしまった見合い相手の父親は、気まずそうに二人の顔を交互に見る。そんな彼をいい加減に立ち上がらせてやろうと、壮五は手を差し伸べた。
その時だった。
彼のポケットから、見覚えのあるハンカチが音もなく落下する。壮五はそれを見た瞬間、息を飲んだ。
それは、なんと自分のハンカチであった。いや、かつて自分の物だったハンカチである。