第5章 五夜目.雨
—12小節目—
糸
男はまさにしどろもどろで、娘は御手洗いに行っており席を外しているだけだと告げた。これが嘘だというのは壮五にすら分かったのだから、壮志に見抜けぬわけがない。
「その言葉がもし偽りであるなら…分かってますね?」
「〜〜〜っ、も、申し訳ございません!!」
個室を突き抜けるような大声を上げると同時に、男は膝から崩れ落ちた。壮五は半ば反射的に、彼と同じ目線まで身を低くした。そして小さく震え続ける肩に手を添え、平気ですか?一体どうされたんですかと声を掛けた。
すると男は苦々しい顔で、さきほど自分の身に起こった出来事を話し始める。
「娘も一緒にこちらまで来ていたんですが…、ですが…」
「はっきり仰っては?ここに御令嬢がいない事実は変わらないのですから」
「その…実は、ついさきほど…に、逃げられてしまいまして」
「……逃げた?」
壮志は床にへたり込む男を睨み付ける。壮五は自分を壁にして、彼から壮志が見えないように位置を取った。このように威圧され続けては、話が進まないと思ったからだ。
「大丈夫ですよ。僕は気にしませんので、お話を続けてもらえますか?」
「はい…。このようなことを、壮五坊っちゃまのお耳に入れるのは憚られますが…。
娘はさきほど、私に話があると切り出してきたのです。内容は、自分には既に好きな人がいるからお見合いは出来ないというものでした。
本当に、申し訳ございません。手前味噌ながら、娘は非常に聞き分けの良い子でして、今まで私共に反抗などみせたことはなかったのです。なのに今回このような事になってしまい、私も未だ信じられないと申しますか…」
「そうでしたか。いえ、どうぞお気になさらないでくださ」
「このような恥をかかされたのは、初めてです。一体どう責任を取られるおつもりですか?」
壮五の言葉尻を奪い、壮志は男を見下ろし言った。