第5章 五夜目.雨
—11小節目—
落
地獄に叩き落とされたかのようなあの出来事があってから、数日が過ぎた。大学へと向かう壮五に、威圧的な声がかかる。
「明日の九時。人と会うことになっていて、お前も同席させる。言うまでもないが、恥ずかしくない格好で家に待機していなさい」
明日の午前中は大学で講義があると言えば、一日休んだ程度でついて行けなくなる程に普段から勉強していないのか?と答えが返ってくるだろう。
誰に会うのかと問えば、お前は黙って隣で座っているだけでいいと撥ね付けられるだろう。
そもそも今の壮五には、父と会話するほどの気力が残されていなかった。だから、なるべく早くこの場を切り上げられる答えを口にする。
「分かりました」
そんな彼が、行き先や対面相手を知ったのは当日であった。もっと言えば、目的地に到着する数分前のこと。予想の斜め上をいく展開に、壮五は思わず声が出る。
「え…?それは、どういうことですか」
「私に同じことを二度言わせるのか?」
車内の空気が張り詰めた。瞳を鋭くする逢坂壮志だったが、しぶしぶさきほどと同じ説明を繰り返す。
「お前がこれから会うのは、とある名家の御令嬢だ。過去に一度大きな案件で関わったことがあり目を付けていた企業で、今日が恩を売れる良い機会だ」
「恩を、売るとは?」
「…そこの社長が、自分の娘とお前を引き合わせたいと言ってきた。何も今すぐ婚約だの結納だのと言うつもりはない。ただ、顔を合わせるだけだ。なんという事はないだろう」
壮五は、くらくらする頭を押さえた。どうしてこの人は、いつもこうなのだ。そして、どうして自分はいつもこうなのだ。
自分には気になる人がいると、車を降りてしまえばいい。何故それくらいのことが出来ないのだろう。体を鎖で縛り付けられ、思考そのものを奪われてしまったみたいだ。