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十六夜の月【アイナナ短編集】

第5章 五夜目.雨




良くも悪くも、壮五は後先をしっかりと考えるタイプだ。そんな彼だからこそ、衝動的に言葉を口にするのを躊躇した。一度口から出た言葉はもうなかったことに出来ない。果たして、いま頭の中にある答えは本当に正解なのだろうか。


「……っ」
(逃げた先に、何がある…!)


壮五の背中に、冷たい汗が流れる。
宙ぶらりんな自分に、果たしてエリを連れ去る資格あるのか。
もしかすると、お見合い相手とやらの方が彼女を幸せにしてやれるのではないか。
そもそも本当にエリの気持ちは、自分の方に向いているのか?


壮五は、唇から血が滲むのではと思うくらいに強い力で歯を立てた。

ここまでの強い想いがありながら、どうして。何を躊躇することがあるのか。何故、憎いはずの父親や家のことを考えてしまっているのだろう。エリを取り巻く環境に配慮しようと思ってしまうのだ。
そんなもの、全て手放してしまえば全てが解決するというのに!


『壮五さん』


壮五は大きく目を見開いた。自分の名を呼ぶエリの声が、もう完全に落ち着いていたから。


『ごめんなさい。困らせるつもりは、なかったの。もう、大丈夫。ごめんなさい』

「そんな…顔で、笑わないで」


ぽつり、ぽつりと。空からは雫が落ち始めた。


「ご、めん…。ごめん…!」


謝るしか出来ない壮五にエリは笑顔で首を振り、降り始めた雨の中にやがて消えた。

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