第5章 五夜目.雨
これまで触れてくることのなかった、二人にとっての絶対的タブー。壮五の方から打ち明けたことで、エリの意思も固まったようだ。横に引き結んでいた唇を、ゆっくりと開いた。
『昨日、両親から…私に、お見合いの打診があって』
そのワードを彼女の唇が紡いだ瞬間、トンカチで頭を殴られたかのような衝撃が走る。この世から酸素が消え失せてしまったみたいに息がしにくくなって、足は勝手に震えた。
だが実際のところ、こうなるかもしれないと頭のどこかでは予想していた。自分と違い既に大学を出ている彼女に、そんな話が持ち上がっても不思議はない。いやむしろ、許嫁がいないだけまだ最悪ではないかもしれなかった。
しかしそれでも襲いくる冷たい現実は、壮五を打ちのめすに十分であった。
どんな言葉が正解なのか答えを見出せない内に、エリの方がさきに口を開く。
『私は…お見合いなんて、したくない』
「あ……」
壮五を見上げるその瞳は、真っ直ぐに彼女の熱い想いを訴えかけてくるようで。怯えているようで、それでいて何かを期待しているよう。
『壮五さん。私の気持ち…分かってくれている?』
分かっているつもりだ。自分の気持ちがエリに真っ直ぐ向いているのも。エリの気持ちが、自分に向いているのも。だからこれは、至極簡単な問題なのだ。
ただエリの震える肩に手を置いて視線を合わせ、力強くこう言うだけでいい。
「エリさん。僕と、一緒に…」
一緒に行こう。二人で。他の誰も、手の届かないところまで。