第5章 五夜目.雨
—9小節目—
重
今日は雨足が強かった。しかしエリの気分は晴れやかだ。お気に入りの靴が汚れても気にならないほどに。理由など決まってる。
『こんにちは。今日は少し雨が強いね』
「こんにちはエリさん。さっき最新の予報を見たんだけど、もう少ししたら晴れ間が見えるらしいよ。僕らが帰る頃には、雨はあがってるんじゃないかな」
どうやら今日は、ごくごく短時間しか降らないらしい。ほんの少しだとしても、雨を降らせてくれた空にエリは感謝した。
『あ、このあいだ壮五さんにお勧めしてもらった映画観たの』
「え?もう観てくれたんだ!」
不思議なのだが、彼といれば会話に困るということは一切なかった。家ではほとんど口を開くことのないエリは、ここで普段の分を取り返すようにお喋りに興じる。
彼女は知る由もないが実は壮五も同じで、会話が楽しいものであるとこの場所では思い出すことが出来た。誰かと話すことでこんなにも心弾むのは、叔父との触れ合い以来であった。
しかし彼女らは、実家の仔細については一度たりとも触れてはいない。相変わらず相手の苗字も知らない。どんな仕事をしているのかも知らない。親、兄弟などの家族構成も知らない。
でも、それでも良いと思っていた。むしろここに来て相手に会えば、そういったことを忘れられる。その時間こそが幸せだったのだ。
いずれは打ち明けなければいけないと分かっていても、この幸福が壊れてしまうのが怖かった。