• テキストサイズ

十六夜の月【アイナナ短編集】

第5章 五夜目.雨




—8小節目—



今日もしとしと雨は降る。きっとこの男以上に、雨を待ち望む者はいない。傘を差し、軽い足取りで壮五はいつもの場所へと向かう。そうすればベンチには、彼女の姿を見つけることが出来るのだ。

いつもなら壮五が近付いただけで顔を上げるエリだったが、今日はその視線は手元に落とされたまま。彼女が読み物をしているのだと気付いたのだが、声を掛けることにした。
読書を邪魔したくないという気持ちより、早くエリの視線を自分の方へ向けたいという欲の方が優ったから。


「エリさん」

『あっ、壮五さん。こんにちは』


思惑通り、彼女の視線は壮五のものとなる。その瞳に自分が映されるだけで、こんなにも心が躍る。


「ごめんね。読書の邪魔をしてしまって」

『そんなことは気にしないで。本ならいつでも読めるから』


エリが目を細め弾んだ声を出せば、彼の心は更に踊った。

壮五は、いつものように彼女の隣へ腰を下ろす。その距離は、あと少しで肩と肩が触れ合うだろうかという程度だ。
こうして逢瀬を重ね始めて、もう幾度目になるだろう。その数は、両手では事足りるが片手では指が足りないほどであった。


「何を読んでたのか訊いてもいいかな」

『もちろん』


エリは、さきほどまで読んでいた書物を壮五の方へ差し出した。
意外なことに、それは雑誌であった。

/ 249ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp