第5章 五夜目.雨
「……あの」
『はい?あっ、きちんと洗濯はしたんです!それとも、やはり新しい物を買ってお返しするべきでしたか?すみません、私ったら気が回らずにっ』
「あぁいえ、そうではなくて!」
壮五はエリの様子を窺うようにして、慎重に言葉を選んでいるみたいだった。そんな彼が、意外な提案を持ち掛ける。
「もし差し支えなければ、交換したままでいませんか」
『そ、れは…、このハンカチを、お借りしたままで良いということですか?』
エリがきゅっとハンカチを胸元で握ったのを見て、彼は安心したように微笑む。
「そんなに高価な物ではないんですけど、それでもよければ」
『そんなっ、そんなのは、関係ないです。ありがとうございます…』
たとえ銘品でなくとも。百円で買えるものであっても。このハンカチは、エリにとってかけがえのないものになっていた。
どうして、口にしてもない我儘に彼は気付いてくれたのだろうか。出会って間も無い人間の気持ちを、こんなにも慮ってくれるのだろうか。エリは胸が熱くなって、その熱が瞳から溢れそうになってしまう。
しかし彼にはもう既に一度泣き顔を見られてしまっており、二度も情けないところを見せなくはなかった。だから懸命に笑みを作って、わざと大袈裟に顔を上げる。
『では、良ければ私のハンカチもお持ちください。ふふ、レースが可愛らしい、私のお気に入りの一枚だったのですよ』
「た、たしかに僕が使うには少し…いや、かなり可愛らし過ぎるかな」
二人が揃って肩を揺らし笑うと、雨の重い雰囲気が心なしか晴れていくようであった。