• テキストサイズ

十六夜の月【アイナナ短編集】

第5章 五夜目.雨




「……あの」

『はい?あっ、きちんと洗濯はしたんです!それとも、やはり新しい物を買ってお返しするべきでしたか?すみません、私ったら気が回らずにっ』

「あぁいえ、そうではなくて!」


壮五はエリの様子を窺うようにして、慎重に言葉を選んでいるみたいだった。そんな彼が、意外な提案を持ち掛ける。


「もし差し支えなければ、交換したままでいませんか」

『そ、れは…、このハンカチを、お借りしたままで良いということですか?』


エリがきゅっとハンカチを胸元で握ったのを見て、彼は安心したように微笑む。


「そんなに高価な物ではないんですけど、それでもよければ」

『そんなっ、そんなのは、関係ないです。ありがとうございます…』


たとえ銘品でなくとも。百円で買えるものであっても。このハンカチは、エリにとってかけがえのないものになっていた。

どうして、口にしてもない我儘に彼は気付いてくれたのだろうか。出会って間も無い人間の気持ちを、こんなにも慮ってくれるのだろうか。エリは胸が熱くなって、その熱が瞳から溢れそうになってしまう。
しかし彼にはもう既に一度泣き顔を見られてしまっており、二度も情けないところを見せなくはなかった。だから懸命に笑みを作って、わざと大袈裟に顔を上げる。


『では、良ければ私のハンカチもお持ちください。ふふ、レースが可愛らしい、私のお気に入りの一枚だったのですよ』

「た、たしかに僕が使うには少し…いや、かなり可愛らし過ぎるかな」


二人が揃って肩を揺らし笑うと、雨の重い雰囲気が心なしか晴れていくようであった。

/ 249ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp