• テキストサイズ

十六夜の月【アイナナ短編集】

第5章 五夜目.雨




—3小節目—



とある公園の、とある大木の下。壮五はそんな場所に駆け込んだ。予想通りそこは、生い茂る葉のおかげで水滴はほとんど落ちてこなかった。しかし予想外のことがひとつ。それは、この場所に先客がいたことである。

赤いベンチにぽつりと一人、女性が腰掛けていた。彼女の身体が全く濡れていないところを見ると、この雨が降り出す前からここにいたのだと思われる。
そこでさらに、壮五は全く予期していなかった事態に見舞われる。

その女性は、涙を零していたのだ。


落涙するその瞬間に、彼女と壮五の視線は交錯する。凝視してはいけないと分かっていながら、壮五は目を背けることが出来なかった。かと言って、何か言葉をかけることも憚られた。そんな彼に、女は困ったように笑って告げる。


『雨ですよ』


悲しい嘘が、壮五の胸を撃つ。彼は、気が付けば自らのハンカチを差し出していた。


「急に降ってきましたからね。よければ使ってください」


彼女は、髪から水を滴らせる男が差し出すハンカチを見て笑った。壮五は何故か、その笑顔を見てほっとする。


『私より、貴方の方がびしょ濡れですよ。
はい。これで、雨を拭ってください』


二人は優しい笑顔を浮かべ、互いのハンカチを取り替えた。

/ 249ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp