第5章 五夜目.雨
—2小節目—
鉛
「どこへ行く」
今まさに玄関扉に手をかけようという壮五の背中に、冷たい声が張り付いた。仕方なく、重たい動作で声のした方を振り向く。
「休みの日に僕がどこへ行こうと、あなたに関係ありますか」
「理由もなく外を彷徨(うろつ)くなと言っている。そんな暇があったら」
壮五は父の言葉を最後まで聞くことなく、扉を押した。
季節は初夏。春の匂い残る爽やかな空気が、彼を包むはずであった。しかし天気はあいにくの雨で、お世辞にも心地良い空気とは言えない。そんな湿った空気でも、壮五にとっては至極新鮮で爽快で清々しい空気に感じられた。
あの、窮屈な家の空気に比べれば。
普通の人間からすれば鬱陶しいとすら思うその濡れた空気を、彼は美味しそうに肺いっぱい吸い込んだ。
傘を取りに戻る気になれず、彼は小雨の中に身を投じ歩き始める。予報外れの雨に周りの人間は皆、足早だったり、傘代わりの上着を頭へ載せたりしていた。そんな人々と、ゆったりとした足取りの壮五とでは、まるで違う生き物のようだ。