第5章 五夜目.雨
—1小節目—
prologue
限られた狭い狭い世界の中で生かされていた。今よりも心身共に幼かった僕の、唯一の心の拠り所。
「やぁ壮五。久しぶりだね。いらっしゃい」
「こんにちは、叔父さん。新しい曲はもう完成した?」
それは、ミュージシャンである叔父の元で音楽に触れることだった。
一族の中では異質とされている彼だが、僕にとってはその叔父こそが是であった。それが真実だったのか、今となっては分からない。しかし。弱く荒んだ僕の心を元の形へ戻してくれていたのは、彼と彼の音楽だったことは紛れも無い事実であった。
「出来たよ。聴くかい?」
「うん!」
こそこそと父から隠れるようにして通う僕を、叔父は嫌な顔ひとつせずいつだって迎え入れてくれた。そんな誰よりも優しく器の大きな彼を、大袈裟でもなんでもなく世界で一番尊敬していたのだ。
「 ——綺麗な旋律だね。やっぱり叔父さんは凄いな…。どうしてこんなメロディが浮かんでくるの?」
「はは。本当にそうなら、僕はもっと売れてるだろうなあ」
叔父は、血色の悪い顔を傾けて力なく笑った。そして、どう返すべきか考えている僕に言葉を継ぐ。
「でも。この音がもし君にそんなふうに伝わったのなら、それはきっと…
これまで僕に触れてくれた、沢山の大切な物のおかげだろうね」
「大切なもの?」
「そうだよ。豊かな自然や、荘厳な景色。後は、かけがえのない愛しい人との出逢い。なんて、な」
照れたように、彼はまた笑う。
それが、僕が見た彼の最期の笑顔になってしまおうとは。
叔父さん。きっといま貴方は、争い無い暖かな世界で幸せな時間を過ごしていることでしょう。
こちらは、なんとかやっています。
でも。
貴方が生前に言っていた “かけがえのない愛おしい人との出逢い” は、まだ訪れていません。