第4章 四夜目.恋のかけら
—18小節目—
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『え?全然、恥ずかしくない…』
「いや恥ずかしいだろ…。初めてちゃんと、女の人好きになれたきっかけが…母親のことと重なったからとか!」
床であぐらを組んでいた環は、ばつが悪そうに頭をぐしゃくじゃとかいた。
母親を亡くしていることやその詳細を環から直接聞かせてもらったわけではないが、メディアでもその類の情報は取り上げられていた為、エリも知るところであった。
「笑わないで聞いてくれて、ありがと」
『笑うわけない。むしろデリケートなこと、無理に話させてごめんね』
「ううん。へいき」
『本当に?じゃあもう少し訊いても良い?
私とタマちゃんのお母さんは、似てたりするの、かな』
「うーーん、似てる…ってか」
長い間を使いながら言葉を紡ぐ環であったが、話すのが嫌というわけではなさそうだ。これはそう、ただ照れているのだとエリにも分かった。
「なんか、もともと知ってた気がしたんだよな。まだえりりんとは、そんな仲良くなかったのに。
あんたが優しく笑う顔とか、あったかい指先とか、俺にも分かるようにするための丁寧な喋り方とか。
あれ?なんで知ってんだろ。どこで知ったんだろうなって考えたら、それが…」
『お母さんだった?』
うん。
頷く環の瞳は、寂しそうだった。当たり前のことだろう。身体は大きくても彼はまだ高校生。母親が恋しくないわけがないのだ。
「あと、これはさっき気付いたんだけど」
『うん?』
環は言うと、テーブルの上に置いてあったプリンに手を伸ばした。
「これ、一緒に食おうぜ。って…言いたかったんだ、俺。あの時は、言えなかったから」
環が言った “あの時” とは、一体いつのことなのだろう。エリには知り得ないが、きっと昔、まだ彼が母親と共に幸せな生活を送っていた頃のことだろう。
プリンを差し出し悲しそうに笑う環を見ていると、エリの胸は様々な感情で締め付けられる。その様々の中には、確かな愛も含まれていた。