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十六夜の月【アイナナ短編集】

第4章 四夜目.恋のかけら




明らかに後ろ髪引かれている環。対してしっかりした相方壮五が、懸命に退出を促していた。そんな二人に、エリはこそっと歩み寄る。


『四葉さん』


気だるそうに振り向くと、目の前に王様プリンが現れた!もちろん、大きなプリンが自立しているのではない。エリが環の顔の前にそれを持ち上げていたのだ。


「!!」

『これ、良かったら食べてください。私の分』

「…でも、さっきこれ持って来たデカイ女みたいな男の人が、数ちょうどだから、ひとり一個って言ってた。俺がこれ食ったら、あんたの分なくなっちまうんじゃねえの?」

『今は甘い物が食べたい気分じゃないだけだから。だから、これは四葉さんが食べていいですよ』


環の心臓が、ずくんと跳ねた。
エリの笑顔にときめいたとか、プリンを受け取る際に手が触れてどきっとしたとか、そういう類の甘い衝動では断じてない。

唐突に環を襲ったのは、懐かしくも切ない過去の記憶。

“ 今は甘い物が食べたい気分じゃないだけだから。だから、それは環と理の二人で食べていいの ”

かつて、彼にこう告げた人物とエリの影が被る。


「悪いですよ!中崎さん、僕らのことなら本当に気になさらないでくださ」

「あんた名前は?」


壮五の声を遮り、環はずいっとエリに一歩近付いて問う。


『え?あはは、今更?私は中崎エリっていいます』

「中崎、エリ…エリ…。じゃあ、えりりん!」

『ふふ、可愛いアダ名ですね』

「た、環くん!急にどうしたの?中崎さんに失礼だよ」

『失礼でも嫌でもないですから、大丈夫ですよ』


環は落ち着くどころか、その勢いを増していく。


「あのさ、敬語とかいらないから。なあ、明日もここにいる?明後日は?」

『明日は出勤だからここにいま…いるよ。明後日も同じく』

「まじで?やったぜ!じゃあえりりん、また明日な!あとプリンあんがと。めちゃくちゃ味わって食うから」


いつのまにか彼の心臓を躍らせていたのは、甘い感情に変わっていた。

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