第1章 一夜目.5時限目の空
—6小節目—
鋭い観察者
「なーなー。いおりんってさ、えりりんのこと好きなん?」
「………急に何を言い出したかと思えば。一体どんな根拠があってそう感じたんです?見当違いも甚だしいですが、一応その理由は聞いて差し上げますよ。四葉さんはどうして、私が彼女のことを好きだなどと考えたんですか?」
「うわ、めっちゃ喋んじゃん」
取り乱しこそしなかったものの、これでは認めたも同然である。しかし、そこは相手が環だったことが功を奏した。エリへの気持ちは露見されずに済む。
「ふーん。じゃ、俺の勘違いだったわ。えりりんのことめっちゃ見てるなーとか、俺とえりりんが喋ってたら、いおりんなんか機嫌悪くなるなぁとか思ってたんだけど」
「全て気のせいなので、今すぐにそれらの記憶をあなたの脳内から葬り去ってもらえます?」
「んー、がんばってやってみる」
一織は、環の言葉を重く受け止めた。仮面を被るのは得意だと自負していたのに、まさかこうも透け透けだったとは。もしや、環以外のクラスメイトにも勘付かれているのだろうか。まったく恋とは恐ろしいものである。
『なになに、何の話?』
「おー。いおりんがえりりんのことを」
「四葉さん。今なら数学の課題を写させてあげても良いですよ」
「マジで!?やった!写す写す!!」
環は目を輝かせ、自分と一織のノートを隣同士に並べ開いた。数字の羅列を懸命に書き写す環の姿を見ながら、エリは苦笑まじりに告げる。
『課題は自分でやった方が良いと思うよ』
「んー…」
『もう。和泉くんも、あまり環を甘やかしたら駄目じゃない?』
「そう、ですね」
あの雨の日をきっかけに、一織とエリが話す機会は増えていた。これまでに比べると彼女の言葉数も増え、豊かな表情を見せてくれるようにもなった。
だが相変わらず、下の名前で呼ぶのは環のみである。