第1章 一夜目.5時限目の空
二人の時間は、教室に到着したことで終わりを迎える。二人同時に戻ることは避けた方が良いと判断した一織は、エリに先を譲った。しかし、エリは逆に一織を先に戻そうとする。
「べつにどちらが先に戻ったって構わないのでは?」
『…和泉くんは、先生に何て言って教室を出たの?』
「え?普通に、御手洗に行くと言って出てきましたけど。それが何か?」
『何か?って…。ほら、ねぇ?』
「同意を求められても頷けませんよ。あなたが何を言おうとしているのか分からないんですから。それにさっき、自分が言葉足らずであると反省したんじゃなかったんですか?」
一織は若干の呆れ顔を向けて、エリにもう少し詳しい説明を求めた。すると彼女は気まずそうに視線を宙に泳がせ、人差し指同士を突き合わせながら、もごもご言う。
『だって…、ほら。アイドルが…長い間、トイレにこもってると思われるのって、イメージ的に、ね?アイドルは、その…ほら、排泄しないんだーとかって信じてる人もいるかも。だし?』
「…………」
『あれ?ねぇ、ちょっと?私の話聞いて』
「っぷ」
一織は、ついに我慢し切れずに吹き出した。一度堰を切ってしまえば、もう勢いは止まらない。
「ふ、ふふ…!あははっ、あ、あなた正気ですか?今時、アイドルがトイレに行かないなんて信じている人、いるわけないでしょう!ははっ!」
『なっ、ひ、人がせっかく心配してるのに!』
「ははっ。そう、ですよね。はぁ、笑った…。すみません、怒りましたか?」
『べつに…』
「怒ってるじゃないですか。謝りますから、機嫌を直してくださ」
「くぉーら!お前ら!青春は休み時間にやれ!早く教室戻れよー」
二人きりの楽しい時間は、教師の呆れ声で幕を下ろした。どうやら二人の声は、教室まで届いてしまっていたらしい。
誰の耳にどんな内容の会話が届いてしまったのか。そんなことは些細なことだと、珍しく浮かれた一織は気にならなかったのだった。