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十六夜の月【アイナナ短編集】

第4章 四夜目.恋のかけら




スタジオに入ると、ステージは既にMEZZO"仕様となっていた。今日歌う楽曲に合わせ、黄色や桃色のハートがあしらわれた愛らしい雰囲気である。
いつもなら気合の入ったセットを見れば歓喜する環だが、今日は随分と大人しい。


「あのさ、もしかしてさ…」

「どうしたの?もしかして、どこか具合でもっ」

「そーちゃんも、えりりんのこと好きなん?」

「……え?」

「だって、俺がえりりんと仲良くしてたら、そーちゃんいつも困った顔すんじゃん…」


暗い面持ちで真剣にそんな話を持ち出した環に、壮五は吹き出してしまう。なんと突飛な発想だろうか。いつだって環は、彼の想像の斜め上をいくのだ。


「ふふっ」

「は!?なんで笑うんだよ?さては図星なんだろ!なんとか言えよ、そーちゃん!」

「あははっ。ごめん、違うよ、違うから安心して」


そんなふうに談笑していると、渦中の人物が現れる。扉から顔だけを覗かせて、不安気に辺りの様子を伺っていた。そんな彼女を見つけるなり、環は瞬足で駆けていく。


『あっ、環くん。居てくれて良かった』

「へへ、そりゃいるって。来てくれてありがと」


壮五は、少し離れた場所からエリに向かって軽く頭を下げる。それに気付いた彼女も、同じようにしてくれた。

やがて、スタッフから声がかかり二人はステージへと上がる。

その刹那、環の顔色がすっと変わった。


「……」
(あ…環くん、歌手の顔になった)


相方の頼もしい表情に、密かに胸をなでおろす。

そして壮五は、二人に想いを馳せながらの歌唱を始める。


日常が崩れるほどの大恋愛なのだろう。
彼が変わった日を、壮五は明確に覚えている。その日こそ、環が “恋のかけら” を見つけ拾い上げた日だった。

いずれ二人は、同じ道を歩むことが出来るのだろうか。
引き寄せあっていく未来を、環は掴めるのだろうか。



やがて音が止み、カメラが止まる。すると、環は蒸気させた頬で満面の笑みをエリに向ける。

環がこれまでに、たくさんの物に別れを告げ、人より多い悲しみを背負ってきたことを壮五は知っている。だからこそ、この笑顔を守ってやりたい。何者にも、傷付けられて欲しくない。自分に出来ることならなんだってしたい。

壮五は、本気でそう思っていた。

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