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十六夜の月【アイナナ短編集】

第1章 一夜目.5時限目の空




「本当に、深い理由なんてありませんよ。ただ、もしあなたがびしょ濡れになっていた場合、教室に入りにくいのではと思っただけです。偶然にも私はタオルを数枚所持していましたし、その内の一枚をこうして届けに来ただけですから。
はい。靴も綺麗になりまし…た、よ?」


一織は、長ったらしい説明を終えて立ち上がる。語尾が不自然に萎んでいったのは、自分と入れ違いでエリが屈んだから。彼は首を傾げる。そしてしゃがんだ拍子に、スカートのポケットから生徒手帳が落ちた。


『いや、ちょっと…色々ともう、無理!』


エリは屈んだ状態で頭を抱えて、絞り出すような声で言った。それは、一織に届きそうで届かないくらいの声量。


『わざわざ授業を抜け出してまで、私にタオルを届けてくれて…?しかも跪いて私の靴を綺麗にしてくれて…!優し過ぎるし、そもそもなんでそんなにも私に優しくしてくれるのか分からないっ』


彼女の言葉は、一織の耳に全く届いていなかった。いま彼の全神経は、エリが落とした生徒手帳に注がれていたから。
手帳の中からは、一枚の写真。いや、ブロマイドが飛び出している。そこにはIDOLiSH7の姿があったのだが、それだけではない。なんとセンターに立っていたのは七瀬陸ではなく、和泉一織だったのだ。

そろりと顔を上げたエリは、ようやく一織が何に気を取られているのか気付く。気付くと同時に、手帳とブロマイドを目にも留まらぬスピードで回収。真っ赤な顔を彼に向け、問う。


『っ、み、見た?』


一織は、瞬きも忘れ長考に入る。

IDOLiSH7のセンターはとっくに陸に戻っている。なのにエリは、未だ Perfection Gimmick のブロマイドを持ち歩いている。そこから導き出される答えとは。


「あなた、私のことを推しているんですか」

『わざわざ言葉にしなくても良くない!?』


その叫びは、一織が今まで耳にしたエリの声の中で最も大きかった。

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