第1章 一夜目.5時限目の空
—5小節目—
自惚れたくもなる昼下がり
気持ちを自覚したからといって、それを表に出してしまうほど一織は素直で可愛い男ではなかった。それこそ、エリへ向ける表情はただのクラスメイトに対するそれと変わらない。
「どうぞ」
『え?あ、でも』
「予備もありますので気にせず使ってください。この時期に濡れ鼠でいられては、見ているこっちが寒いので」
『そう。じゃあ、遠慮なく』
階段の踊り場。二人は小声でそんなやり取りをする。一織は、自分のタオルが彼女に付いた水滴を吸い込んでいく様子などを見つめていた。
鞄を傘の代わりにしたお陰か、思ったよりも濡れていない。ベタの王道的展開(下着が透ける等)も覚悟していた一織だったが、そもそも冬服では起こり得ないことに今更ながら気が付いた。
『どうして和泉くんは、こんなところにいるの?』
髪にタオルを押し当てながら、エリは問うのだった。さて。どう答えたものだろうと考えあぐねながら、一織は彼女の足元に屈む。
どろどろのグラウンドを突っ切ったせいで、彼女のローファーに泥水が盛大に飛んでいたのだ。面食らうエリを置き去りにして、一織はそれをティッシュで拭き取りながら答える。
「たまたま、通り掛かっただけです」
『え、っと…。授業中に、たまたま廊下に?』
「うるさいですね!それ以上詮索をすれば、どうなるか分かっていますか?」
『え、どうなるの?』
「この状態の中、頭を上げます」
『なんという極悪非道の脅し文句!』
エリは、ばっとスカートを両手で押さえた。無論、言ってみただけで、一織に顔をもたげる勇気などありはしない。