第3章 三夜目.トライアングラー
—5小節目—
君の名は
三月はこの日、調子が良かった。声にはいつもよりも張りがあったし、大御所司会者には自分の回しが褒められた。まるで、この後にはもっともっと良いことがあると暗示しているように。
だからというわけではないが彼はこの日、中崎屋に行くことを決めた。そして、何度も何度も一人で練習した “あの質問” をぶつけるのだ。
そんなことを考えていたからだろうか。ここは局の廊下で、彼女がいるはずもないのに…
彼女の姿を、三月は視界の端で捉えた。
えっ?と、彼は思わず振り返る。しかし、そこには誰も居なかった。それはそうだ。こんな場所に彼女がいるはずがない。頭ではそう思っているのに、三月は来た道を引き返していた。
脚がもつれそうになって、心臓が痛いくらい鼓動を刻んでも、桃色の気持ちが三月をひたすらに急かした。
「…やっぱり、見間違いだよな」
結局、辺りをいくら探しても彼女を見つけることは叶わなかった。っていうか幻覚見るって、どれだけ会いたいんだよ。と、三月は一人乾いた笑いを零したのだった。
さっさと帰る支度をして、本物に会いに行こうと考えたそのとき。聞き覚えのある声が、三月の耳に届いた。
聞き間違えるはずのないその声は、男の声に混じっている。微かな不穏を感じないわけではなかったが、三月は思わず声を辿った。
やがて足が止まったのは、とある先輩アイドルの楽屋前。僅かに空いたドアの隙間から、室内の様子が窺える。
これはいけないことだ。という気持ちよりも、見てはいけない。という気持ちが優った。しかし、意に反して三月は息を殺してドアに近付いてしまう。