第3章 三夜目.トライアングラー
「えっ。え?もしかしてみっきー、未だに下の名前知らないとか?」
「なんだよ。引くなよ」
「……OH…」
「言葉失うな」
「プロポーズとファンサは速やかにと、私に教えてくれた兄さんがまさか!」
「返す言葉もねえよ…!」
そう。三月は未だ、彼女の苗字しか知らない。無論、秘密にされているわけではなく三月が一歩を踏み込めていないのが原因だ。
「名前教えて。って、言えばいいだけじゃん」
「言いたいことはわかるけど!でももし、うわ何だこいつ。ただの客なのに気持ち悪い!とか思われたら、立ち直れねえし…」
もはや、自分が恋愛していることを隠しもしない三月。頭を抱え苦悩する彼に、ナギは優しい瞳を向ける。
「本気だからこそ、臆病になる。ミツキの気持ち、ワタシには分かります」
「嘘付け。お前にだけは絶対理解出来るわけない」
「What's!?暴言です!理不尽です!」
子供のように自分の気持ちを訴えるナギの隣から、一織は三月に声を掛ける。
「兄さん。恋愛経験の乏しい私が言うのもなんですが…。お二人が話をされているところを客観的に見た結果、おそらくは脈ありだと思いますよ。ですから、少し強気に出るくらいがちょうどいいのではないでしょうか」
「一織…。そうかな」
「ええ。頑張って」
三月は弟の笑顔に、次会った時は彼女の名前を訊くことを誓ったのだった。
「あと、ひとつだけ確認したいのですが」
「おう、どうした?」
「俵形のおにぎりを握っているのは…。あの彼女ですか?他の方の可能性は?」
「ない。俵だけは全部、あの子の手作りだ」
「そう…ですか。いえ、非常に、残念です」
本気で兄弟の恋愛成就を願う一織であるが、ほんの少しだけ、彼女が姉になる未来が来なければ良いと過ってしまった。