第4章 水魚之交
この男によって生かされ、この男の手で殺される。そうでありたいと願うと同時に、ふいに景色が反転した。
ぽちゃん、と音を立てて冷たい冷たい水の中に全身が沈んでいく。互いの欲念が通じ合うのを感じた。
堕ち逝く先は真っ暗な闇の世界だった。何も見えなくなってしまったが、宿儺に抱き締められているのを感じる。気づけば、背中には不思議と柔らかな感触があった。
「美代」
ふと、名前を呼ばれる。面と向かって名前を呼ばれたのは初めてのことだった。普段から「小娘」としか呼ばれたことがなかったのに。
どこか懐かしくもある甘やかでありながら、威厳さを感じる低音の声が心地良くて、何をされても許してしまいそうだ。
こんな時だけ、そんな風に縋らないで欲しい。このまま抱き殺されても、何をされても、寧ろ歓喜に震えてしまう。
あぁ、なんて狡い男なのだろうか。それでも彼を拒むことは出来ないのだから、まるで、これは呪縛だ。
「今更嫌とは言わせんぞ。むしろ、この俺を何年も待たせたのだから。______あぁ、そうだな、可愛げの一つでも見せてみろ」
無茶振りを要求されて、思わず戸惑った。
どのように男を喜ばせたらいいのかなんて、美代には分からなかったのだ。
しかし、宿儺に何を求め、求められているのか美代はしっかりと理解していた。辱められているのも関わらずに、こんなにも従順な自分は自分では無い。確かにそう思いたかったのに、この熱に抗うことなど到底出来はしなかった。
「……私を、食うて、下さい」
それを受け入れる意味を宿儺は分かっていると思った。いや、もしかしたら勘違いしているのかもしれない。美代にとって最上級の告白に、宿儺はくく、と小さく笑みを溢した。
「______悪くない」
首元で宿儺の熱を感じると同時に、肩に鋭い痛みが走った。宿儺が美代の肩に歯を立てたのだ。簡単に血が溢れ出し、腕を伝っていく。あまりの痛みに、宿儺の背に爪を立て苦痛に喘いだ。そこには容赦も慈悲も無く、悦楽だけを求める狂気だけが残されていた。