第4章 水魚之交
「返してください」
宿儺を他人の手に渡らせてしまったことにより、美代は切羽詰まった絶望感を覚えたが、次第にそれが爆発的な殺意に変わる。顳顬で脈打つ血流に、ふつふつと邪悪な残片が混じり合うのを微かに感じていた。
「面白いね、君。自分自身よりも宿儺の心配か。自分はどうなってもいいの?」
「……私は、どうせ死刑なんでしょう」
「いやあ~、まあそうなんだけど」
男は一切笑みを絶やさずに楽しそうに笑っている。美代は男から微塵も感じることの出来ない敵意に心の内に憤りを浮かべた。
「それでも、君が人間として生きる道を選ぶならまだ引き返せる。君が直接的に人を殺した訳じゃ無いしね」
「……人間、人を、殺した?」
何を言っているのだろうか。
元々美代は人間であるし、人を殺したことなど無い。______本当に?
「間接的に、ね。けど、君が直接手をかけた訳じゃないよ」
「……な、に、言って、」
どくん、どくん、と心音が速まるのを感じる。それがあまりに大きな音だったので耳の横に心臓があるかの様な錯覚を覚えた。その時、
「______あ、あ……」
ふと、頭の中に蘇るいつかの記憶。一人の少女が腕を振ると真っ二つに割れる男の身体。そこから飛び散る血飛沫。赤い鮮血を浴びた少女は狂喜乱舞し、汚れの無い白い歯を剥き出しにして哄然として笑い声を上げる。間違いなく、それは美代でありながら、美代ではない別の"何か"だった。