第3章 飛んで火に入る夏の虫
「誰か分かるの?」
「分からん。だが、気配は感じる」
宿儺が言うには、背後にいるであろう男は中々の呪力を秘めているだとか。しかし、美代にはそんな邪悪で凶悪な力を感じることは出来ず、ただ後をつけられて、早く逃げなくてはならないという本能だけが頭を占領していた。
次第に迫り来る足音が早く大きくなっていくのを感じて、美代は更に足を早める。すると、またしても近づいて、一歩一歩確実に距離を縮められていく。
「懶惰な生活をしていたせいか、鈍いなお前は」
「分かってるから!それより、どうしたらいい?!」
このままでは追いつかれると察した美代は、慌てて走り出す。すると、背後にいた男も美代を追いかけるようにして走り出したので困却した。今までこれ程執念深く追いかけ回されたことはなかったからだ。そこで美代は、彼は諦める気など毛頭ないのだと悟った。
「小娘、そこを飛べ」
「と、飛ぶ?!」
そんな無茶な、と小さく声を漏らしながらも、目の前に立ちはだかる美代の身長よりも幾らか高い塀を飛び越える。正しくは、身体が勝手に浮揚した。案外美代には跳躍力があったのか、いとも簡単に飛び越えることが出来てしまい、驚愕せずにはいられなかった。