第3章 飛んで火に入る夏の虫
「これ!君のだよね?」
「あ……っ」
油断していた。自身の世界に入り込んでいた美代は、そこでようやく我に返る。
振り返ると、薄茶色の短髪の青年が美代のハンカチを手にしていた。良く見ると、同じ高校の制服ではないだろうか。年も美代と同じくらいに見える。
「すみません、ありがとうございます」
「あっ、もしかして君も新入生?!」
ハンカチを手に渡されると、人懐っこい笑みが目の前にあった。美代も釣られるように自然と口角が上がる。
「うん、君も?」
「おう!俺、虎杖悠二!よろしく!」
虎杖、悠二。その名前を復唱すると、彼はまたしても屈託のない笑みを浮かべた。
「うん、よろしく!」
特徴があまりない美代。昔から変わらない無個性な自分。笑うことも、人と話すことも出来なかった自分。
そこで、ふと、不思議に思うことがあった。自分はいつからこうして人と話せるようになったのだろう、と。幼い頃から無口で他人と口が利けるような子ではなかったというのに。
それでも、美代には唯一誇れるものがあった。長く伸ばされた艶やかな黒髪。誰よりも負けない、長くて透き通る様な漆黒の髪。それだけは、美代の中で幼い頃から今までずっと変わることがなかった。