第3章 飛んで火に入る夏の虫
「覚えてはいるんだけど……なんか一人で闇の世界にいて、それから村がね、村があったんだよ。それで、私は誰かに、闇の中に引きずり込まれて……」
記憶ある限り全てを吐き出すと、少しばかり心が軽くなるのを感じる。
誰かに共有することで気持ちが安らぐというのは、どうやら迷信なんかではないようだ。
「それは恐ろしい夢だな」
宿儺は全くそんなことを思ってない様に笑うので、美代はムッとして、楽しそうに笑う箱を思わず叩いてしまった。
「もう、私は怖かったのに!」
コツ、と小さな音が鳴ると、直後に「おい」と怒りを含んだ低音が遮った。
「雑に扱いおって、余程命が惜しくないと見える」
宿儺にそう言われようとも、何一つ怖くなんてなかった。美代にとっては、夢の中で暗闇を彷徨うことの方が余程恐ろしく感じていたのだ。
「それにしてもおかしなことを言うのだな、お前は。姿も見えぬ俺を怖いとは思わんのだろう?」
「……だって、宿儺は怖くないもん」
「まるで答えになっておらんな」
表情は見えなくとも、宿儺が呆れているのがよく分かった。
もしかしたら、それが理由だろうか。
宿儺の表情が分からなくとも、彼の感情を察することが出来るから、恐ろしいと思わないのかもしれない。
生まれた時から、ずっと一緒にいるような、正に唯一無二の存在。
いつからだろうか。
気づけば美代にとって宿儺は、既に側に居なくてはならない様な絶対的な存在になっていたのだ。