第3章 飛んで火に入る夏の虫
柔らかな雨の音がする。
雨は昔からあまり好きではなかった。湿っぽい水の香りが身体中を取り巻き、嫌悪感を覚える。
「……ん」
ふと、目が覚めた。
数回瞬きを繰り返すと、見慣れた天井が視界に映り出す。
よかった、と思わず美代は安堵の息を洩らした。
闇の世界に引き摺り込まれてしまうかの様な、悪い夢を見ていた。______そう、あれは夢なのだ。
「おはよう、宿儺」
毎日同じ様にして、枕の横に置かれた箱に朝の挨拶をかける。それが美代の日常だった。
「今日は怖い夢を見たよ」
「ほう、どんな夢だ」
高校の制服に着替えながら、美代はぼんやりと夢の中の出来事を思い返していた。すると、そこで違和感を覚える。不思議なことに、美代は夢で起こった出来事をはっきりと覚えていなかったのだ。確かに、確かに自分は夢を見ていた。堪らなく恐ろしい闇の中を一人で歩いていたのだ。それ以外にも、何か違う夢を見ていた。しかし、それを思い出すことが出来ない。
「……えっとね、なんか、あんまり思い出せなくて、」
「先刻のことであるのに忘れたのか」
興味深そうに尋ねる宿儺に、美代は曖昧な返事をすることしか出来なかった。