第2章 柱〈前〉
甘露寺が緋縁に近づいて行く。起こすつもりなんだろう。あの甘露寺でも常識的な考えが…
「可愛いわ…!少しだけ眺めていましょう!」
なかった。甘露寺はどこまでも甘露寺なのである。全ての可愛いを見逃さない。流石は恋柱。ここではあの派手派手煩い嫁三人持ちの宇髄が常識人に見えてくる。
「お前なぁ…あ?」
宇髄の常人より良い耳がバサバサと上空を旋回する鴉の音を拾う。円を書く様に回る芸当ができる知能の高い鴉なんて鬼殺隊で特殊な訓練を受けた鎹鴉くらいなものだろう。腕を伸ばすもいくら待っても止まってはこない。
(…人が多いから降りれねぇのか。そら人の言葉を喋る鴉がいたら騒ぎになるわな。)
「甘露寺、ちょっと離れる。緋縁のこと見とけよ。」
「あっ鴉さん…!わかったわ!」
そう言いよてよて人通りのない場所へと歩いて行く。
「お…冨岡の鴉か。は?泊まり込みの順番を変えろ?あいつ一番目で問題ないって言ってたじゃねぇか。…任務?…はぁ。んじゃあ今から一週間は俺の家にするか。冨岡は最後だ最後!で、任務は危険なものなのか。」
「…ほう、雲取山ねぇ…」
暖かい陽光に当てられながら、手を取っている緋縁の寝顔を見て微笑む。やっぱり可愛い、と呟いた。
「…宇髄さん、なかなか戻ってこないわねぇ、緋縁ちゃん。」
返事が返ってこないことを承知で話しかけた。なかなか戻ってこない、とは言っても別れてすぐなのだが、如何せん、何もしてない時間の進み方は遅いものだ。
「…私ね、最初は緋縁ちゃんのこと、怖かったの。」
甘露寺は下を向いて、ポツリと零した。
「だって、異能、とか、私よくわからないもの。お館様は変わらず微笑んでらしたけど、どうしても警戒しちゃう。」
相変わらず下を向いて、声を震わすまいと握っている手にほんの少し、力を込める。
「でも、緋縁ちゃんを見て、お館様に危害を加える様なことしない子だってすぐ分かったわ。知ってた?実はね、真っ先に靴の仕掛けに気づいたの私なのよ?」
ふふ、と笑う。甘露寺は誰よりも早く気付いていたのだ。緋縁が自分の身長を偽っていたのを。お館様に頭を垂れた時に、大腿(足の膝から上)と下腿(足の膝から下)の長さが比例していないのに首を傾げたのを覚えている。
「緋縁ちゃんはきっと…自分を隠さなきゃならない場所にいたんでしょう?」