第1章 序章
「…終わったわ。治っては…ないみたいね。」
「いや…そんなことは無いかもしれない。進行が遅くなっている。ただの勘だけどね。」
「…何故そんな堂々と。」
勘ならそうじゃ無いかもしれないのに確信めいて言う耀哉さんに心の中でドン引きした。だって現実でしたら見張りの人に殺されそうだもの。
それから耀哉さんは何を思ったのかよし、と呟いて私を見た。
「あのね、お願いがあるんだ。」
「何かしら」
「私の子ども達のためにその力を使ってくれないかな。」
朗らかに笑う耀哉さん。頭によぎる閉じ込められた記憶。
『母さん!助けて…!』
『この村で長である私に逆らうと痛い目にあうことぐらい分かってるわよね、津衣?』
『やめなさい津衣さん!あれはもののけだ!』
『でも私の娘なの!ーー!ーー!』
『母さん…っ!』
…母さんは津衣って名前だったのね。すっかり忘れていた。でも、もうあんなことになりたく無いのは確かだ。
「お断りよ。」
「なっ…貴様!」
「さっきから煩いわよ蛇男。私は利用されるのはうんざりなの。」
今にも斬りかかってきそうな蛇男。こんな奴らをまとめ上げる耀哉さんは確かに凄いのだろうが、それとこれとは別である。
「あのね、お館様はあなたを利用なんてしないわ。お館様を信じてみない?」
私の前まで来た蜜璃さんが手を握ると途端に殺気が強くなって吃驚した。あの蛇男か?私何もしてないけどー!
「蜜璃の言う通りだ。私はそんな事をするつもりはないよ。だから、」
耀哉さんにも手を握られた。そうしてなんでもない様に告げる。
「そんなに怯えなくても、自分を繕わなくてもいいんだ。」
「あ…」
にっこりと微笑む耀哉さん。彼はきっと最初から分かっていたんだ。私の喋り方も振る舞い方も全て演技だって。分かった上できっと接してくれてた。なんだろう、目が熱い。鼻もつんとする。
「あ、れ、私、なんで泣いて、」
「泣いていいんだよ。今までよく頑張ったね。」
「…ふ、ふぇっ」
ポタポタと自分の涙が落ちてくるのが分かった。今まで張り詰めていた涙腺が決壊したのか、次から次へと私の視界を濡らしていく。
折角、断ろうとしてたのに。この人がこんな人だって知らなかったら断れたのに。
二人の手がこんなに暖かくなかったら、断れていたのに。