第11章 父と娘の一日
疲れている朱里をゆっくり寝かせてやりたいと思い、結華を抱いてそのまま天主へ上がる。
「あぅぅ…あ〜!」
抱っこしながら、ゆらゆら揺らしてやると、楽しいのか、キャッキャッと笑い声を上げる。
赤子の世話など初めての経験だったが、存外楽しい。
年の離れた妹であるお市の子供の頃を思い出す。
お市とは、別々の城で育ったのだが、随分と懐かれて、俺自身も目の中に入れても痛くないほど可愛がった妹だ。
さて、遊ぶといっても何をしたらよいものか……
連れて来たはいいものの、赤子の相手など、妹の時以来のことだ。何をしたら喜ぶのやら…さっぱり分からん。
取り敢えず、板張りの床の上に降ろしてみると、キョロキョロと物珍しそうに周りを見回して…いきなり一直線に這いずり始めた。
「っ…待てっ、結華!そっちへ行ってはならんっ!」
床の間へ這っていき、置いてあった刀に小さな手を伸ばすのを、寸でのところで引き止めた。
「あ"あーーっ!うぅ…」
あと一歩のところで抱き上げられてしまった結華は、不満げな声を上げ、手足をバタつかせる。
「これは触ってはいかん。危ないぞ」
目を見て言い聞かせれば分かるはず、とジッと見つめる俺の思いも虚しく、目線を合わしてくれない結華は、もう俺の背後に手を伸ばしていた。
ーガシャンッ!バラバラッ……
「っ……」
飾り棚に置いてあった金平糖の小瓶に、結華の手が触れて…呆気なく落ちた小瓶は割れてしまい、中の金平糖が床いっぱいに散らばってしまった。
「あ〜あぅ〜、きゃぅ〜」
色とりどりの星屑のような金平糖が、まさに夜空に浮かぶ星のように床に広がる様に、結華はご機嫌な声を上げる。
が…こちらはそれどころではない。割れたびいどろの破片があちこち飛び散って危ないこと、この上ない。
近くにあった書類なども、巻き込まれて散乱してしまった。
(もうここでは遊べんな…)
結華を抱いたままでは、この場を片付けることもままならず、仕方なくそのまま放置して、寝所の方へ移動する。
敷きっぱなしの褥の上に結華を降ろすと、すぐさまコロコロと転がり始めた。
(なんと忙しないのだ…赤子とは、このようにひと時も目が離せぬものなのか……)
褥の上で、右に左にコロンコロンと転がる結華を、信長は不思議な生き物でも見るかのように、ジッと見つめていた。