第11章 父と娘の一日
「朱里、俺だ。入るぞ」
声を掛けてから襖をそーっと開ける。
勢いよく開けないのは、万が一、結華が眠っていたら、その穏やかな眠りを妨げないためだ。
結華は寝つきが悪く、夜など寝かしつけても数刻で起きることが多い。
母親である朱里も細切れの睡眠しか取れず、育児疲れか、疲れた顔をしていることが多い。
それでも、子は可愛い。
こんなにも愛らしい生き物がこの世に存在するとは、思ってもみなかった。
夜、何度も起こされても、ぎゃあぎゃあと大泣きされても、ちっとも腹立たしくない。
結華は、この俺が、無条件に愛おしいと思える稀有な存在だった。
「あうぅ〜、あっ、ぶぅ…」
「くっ……!?」
襖をそっと開けた途端、コロコロと転がってきた結華に思わず息を呑む。
コロンっと器用に転がって俺の足元まで来ると、あぅあぅと機嫌良くおしゃべりしながら、俺を見上げてくる。
(くっ…何という愛らしさ…これは、何かの罠か…?)
「っ…結華、貴様、一人で何をしている?母上はどうした?」
結華のあまりの愛らしさに内心身悶えながらも、バタバタと手足を動かす結華を抱き上げる。
腕の中に抱いた瞬間、甘い乳の匂いがして、堪らなく癒される。
赤子の甘くて柔らかな肌は、抱いているだけで心が穏やかになる気がする。
が……赤子が、室内とはいえ一人で転がっている状態は尋常ではない。朱里は一体、何をしているのだ。
「朱里、いないのか?」
結華を抱っこしたまま、寝所の方へと足を向けると……襖が開いたまま、褥の上でスヤスヤと寝息を立てる朱里の姿があった。
身体を丸め、猫のように眠りながら、安心しきったような寝顔を見せている。
(結華を寝かしつけながら、眠ってしまったのか。疲れておるのだろう)
「あ〜あ〜、あぅぅ…」
「しぃー」
朱里を見て嬉しそうに笑い、手を伸ばそうとする結華をやんわりと制する。
「母上はお休みゆえ、起こしては可哀想だ。結華、父と遊ぼう」
「あぅ?あ〜あ〜」
ニコニコと愛らしい笑顔を見せて機嫌良く笑う結華を抱いて、そっと部屋を出た。