第11章 父と娘の一日
ある日の昼下がり
この日も、いつものように山積みの報告書を黙々と片付けていた信長だったが、捌いても捌いても一向に終わりの見えない作業に、そろそろ嫌気が差してきていたのだった。
「はあぁ……」
隣に控えて作業をしている秀吉に聞こえるように、わざとらしく大きな溜め息を吐いてやる。
「………お疲れですか?御館様」
「見て分からんのか?朝からずっとこれでは、さすがの俺でも疲れる。ちょっとは休憩させろ」
困ったような顔をしながらも、忠義第一の秀吉は俺の言葉を無視できぬらしい。書類の山をチラリと悩ましげに見ながら、渋々といった風に言う。
「分かりました。暫し休憩致しましょう。ただ今、茶をお淹れします……くっ…金平糖も、お持ちします…」
「阿呆っ、茶などいらんわ。少し外すぞ……金平糖はそこに置いておけ、一瓶丸ごとだぞ?」
「なっ…そんなに食されては困りますっ!っ…というか、あの、御館様、どちらへ??」
慌てる秀吉を横目に、信長は執務室を出て廊下を歩み始めていた。
秀吉の引き止める声を背に、もう振り向くことなく、ひらひらと手を振っている。
「っ…御館様っ!もしや、朱里のところへ行かれるのですか?あぁっ…結華様のご様子を見に??」
(ずるいですぞっ、御館様っ!俺だって見たいっ)
御館様の初めての御子、結華姫様。
間もなく生後六か月になる姫様は、最近は寝返りやお座りなども上手になられ、あどけないお声も聞かせて下さる。今まさに可愛い盛りなのだ。
御館様と同じ紅い瞳と、朱里に似た色白なお顔は、将来間違いなく絶世の美女になられるに違いない。
今からもう、楽しみで仕方がないのだ。
結華様が産まれて、俺は御館様の意外な一面を見た。
鬼だ魔王だと呼ばれ、冷酷非情と恐れられてきた御館様が、赤子をあやし、易々とむつきを替えられる。
その手際の良さは、さすがは御館様、と言わざるを得ないが…あれほどに優しいお顔で微笑まれる御館様を、俺は見たことがなかった。
御館様のそんな変化は好ましいものではあるが、何かにつけて政務を抜け出しては様子を見に行こうとされるのには、困ったものだ。
(あぁ、結華様は今日もまたお可愛らしいのだろうなぁ…くぅ…俺も癒されたい…)