第1章 信長様の初めての子守り
「くくっ…情けない顔をするでないわ…鯉は捕らえたのか?」
「あっ、は、はい…こちらに…」
秀吉が、持ってきた盥を差し出すと、盥の中には、丸々と太った大きな赤い錦鯉が悠々と泳いでいた。
「っ…わぁ〜!おさかなだぁ〜!」
俺の背中の上から身を乗り出して盥を覗き込む結華は、かなり興奮しているようで、今にも転げ落ちそうな勢いだ。
秀吉が慌てて結華を下ろしてやると、盥に手を掛けて、食い入るように鯉が泳ぐ様を見つめている。
「ちちうえっ、おさかな、おっきいねぇ!」
結華の甲高い声に驚いたのか、盥の中の鯉がピチャンッと水を跳ね上げた。
「わっ!ひゃあ〜」
水滴が掛かってびっくりした結華は、ぺたんっと後ろに尻もちをつく。
その様子が可愛くて、思わず頭を撫でてしまう。
「ちちうえ…」
ぎゅうっと抱きつく結華を、胡座を掻いた足の間に座らせると、一緒に盥の中を覗き込む。
鯉はまた、何事もなかったようにゆらゆらと泳いでいた。
そのまましばらくの間、二人で鯉を観察していたが、少しすると結華は飽きてしまったようだ。
膝の上でグズグズとぐずり出す。
「………眠いのか?」
「う〜あ〜ふにゃぁ〜」
「御館様、そろそろお昼寝の時間ですので…さぁ、姫様、褥へ参りましょう」
「んん〜、イヤぁ〜!」
千鶴が差し出す手を乱暴に払って、ぐいぐいと顔を俺の胸元に押しつける姿は、本当に眠そうだ。
「……姫様……」
困ったように眉尻を下げる千鶴が何だかひどく気の毒になる。
(朱里も千鶴も毎日、結華のイヤイヤに手を焼いているのだろうな…
父親の俺はたまにしか、こうして遊んでやれぬゆえ、イヤイヤも可愛い我が儘と思えるが、毎日世話をする女子らは大変なのだろう…帰ってきたら朱里を労わってやらねばな……)
「千鶴、このままでよい。眠るまで俺が抱いていてやる。貴様は下がってよい」
「御館様……」
何度も頭を下げながら千鶴が部屋を出ていった後、膝の上の結華を見ると、もう目を閉じてウトウトし始めているところだった。
その小さな身体をあやすようにトントンとしてやりながら、障子越しに感じられる春の暖かな陽気に身を委ねる。
そうしていると、いつの間にか自分自身も穏やかな眠気に誘われて……ゆっくりと目蓋が落ちていったのだった。