第1章 信長様の初めての子守り
「秀吉、この池の鯉を一匹捕らえて、盥に入れて持ってこい」
「っ…ええっ…」
情けない顔になる秀吉を無視して、結華を抱き上げると、
「結華、魚は着替えてから部屋で見るぞ」
「うんっ!」
びしょ濡れの結華を部屋へ連れていき、千鶴に悲鳴を上げられるも、新しい着物に着替えさせてもらい、結華の機嫌も治ったようだった。
「ちちうえ、おうまっ!」
「……馬?次は馬が見たいのか?(忙しないな…)」
「おうまっ、のるっ!」
「っ…馬に乗りたいのか?まぁ…俺が抱いて乗れば、乗れぬことはないが…(まだ危ないな)」
どうしたものかと思案している俺に、千鶴が遠慮がちに声を掛けてくる。
「あ、あの、御館様…姫様のおっしゃる『おうま』は、本物の馬のことではなくて、『お馬さんごっこ』のことでは…?」
「……お馬さんごっこ……」
(……俺に馬になれ、ということか…)
なるほど、そういうことなら、と躊躇いなく腰を屈め四つん這いになる俺に、隣で千鶴が驚いたように息を呑む。
「お、御館様っ…誰か人を呼びますので、お待ちを…」
「構わん、結華、乗れ。おうまだぞ」
「わぁ〜!!」
恐縮しきりな千鶴に抱き上げてもらって俺の背中に乗った結華は、ニコニコととびきりの笑顔を見せる。
「ちちうえ、おうま、ぱかぱか、する〜」
「おう、しっかり掴まっておれ、落ちるなよ」
結華を背に乗せて、ぱかぱかと部屋中を乗馬の如く動き回る。
背中の上で、キャッキャと楽しそうな声を上げるのを聞いていると、至極、幸福感に満たされた。
(子供らしい遊びなど…俺には、してもらった記憶はない。
結華ぐらいの歳の頃には、俺は既に一城の城主だったゆえ、純粋に子供らしく遊ぶ、ということはなかったな…。
このように楽しそうな顔を見せてくれるなら…俺は、結華にどんなことでもしてやりたい)
「おっ、御館様っ!なんと……」
大きな盥を抱えた秀吉が、部屋に入ってくるなり、馬になりきる俺を見て絶句する。
慌てふためく奴の様子が可笑しくて、くくっ…と笑いを零すと、背中の上の結華も楽しそうに笑っている。
「お、俺が代わります…御館様にそんな格好させられませんっ!結華様っ、さぁ、秀吉のおうまにお乗り下さいっ!」
「ひでよし、イヤ〜!」
ぷいっと顔を背けられた秀吉は、またも情けない顔になっている。